@article{oai:dwcla.repo.nii.ac.jp:00001027, author = {安永, 美保 and YASUNAGA, Miho}, journal = {同志社女子大学日本語日本文学}, month = {Jun}, note = {application/pdf, AN10175460-20120630-93, 『和泉式部日記』には「おなじ心」という表現が五例あり、そのうちの三例が有明の月の手習い文章段に集中して使用されている。「おなじ心」という表現に対して、言葉の指す意味を額面通り解釈するのは危険である。特に、日記文学などの作者と登場人物が同一の場合は読者へ一対幻想をみせるための仕掛けと考えなければならない。本稿では、当該章段の「おなじ心」を時間表現と照合しながら再検討を行った。  すると、従来、当該章段の形成過程と考えられていた順序とは異なる形成過程を見いだすに至った。本文冒頭の宮の心内文「人やあるらむ」は女の浮気を猜疑する内容であるにもかかわらず、当該章段は女と宮の心理的な一体感などを主題として読まれることが多い。これこそが、作者の仕掛けにはまっているのである。女の書いた「有明の月の手習い文」は「手習い」の性格と「文」の性格を併せ持つ。特に、「文」の部分には送り先である宮の心理を操作する意図があった。当該章段は女の弁解という隠された目的の上に、女と宮の心理的な一対幻想が成り立つと読むことができるのである。}, pages = {93--106}, title = {『和泉式部日記』の一対幻想 : 手習い文章段の場合}, volume = {24}, year = {2012}, yomi = {ヤスナガ, ミホ} }